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宮古島行きの飛行機の中にいる。
10年来の友人が宮古島にビストロを出したからだ。

友人とは大学院の時にバイトしていたビアバーで知り合った。彼もまた料理学校の学生で
「将来店持つからデザインやってね」「いいよー」と皿を洗いながら気軽に交わした言葉だった。

その約束が10年経って果たされ、
店の壁画を描きに宮古島へと向かっている。

飛行機の窓から見た宮古島は、予想より大きく、
絵の具をひっくり返したような、鮮やかな青緑の海がただただ美しかった。





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初めて訪れた宮古島は想像より遥かに寒く、雨がしとしと降っていた。
迎えにきてくれた友人が「拓ちゃんが東京をつれてきた」というほど
めずらしい寒さらしく、友人は「島では初めて使う」ジャンパーを羽織り、
自分は東京で着ていたコートをトランクから取り出した。

ホームセンターでペンキを買ったものの、雨は二日間やむ気配もなく、
かといってやつれるほど忙しそうにしている友人を横目に
ボーッと過ごすわけにもいかないので、買い出しを手伝うことにした。

市場に行って驚いたのは、野菜が豊富で、どの野菜も逞しく、実に美味しそうなことだ。
サツマイモやサトウキビ、マンゴーのイメージが強いが、葉野菜や、色鮮やかな人参や蕪、
ズッキーニやキノコ、アロエ、ヨモギやパルダマ、島固有の野菜等種類も多く、しかも安い。
聞くと、宮古島は珊瑚の上にできているので水はけがよく、野菜がよく育つそうだ。

時化のせいで魚は見当たらないが、これに海の幸や畜産物が加わるのだから、
大抵の食材は島のもので事足りるのがよくわかる。
加えて、東京や本島から来たものはどこの高級スーパーだと思うほど高い。
米は栽培していないが、隣の石垣島でとれるものが入ってくる。






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店に戻り、描く絵の案を出す。
まかないをもらい、ビールを飲んでいたら急に星空になった。
「島の天気はこういうもの」だそう。つなぎに着替えて作画をはじめる。

「うまいねぇ」「宮古にもこんな人がいるんだね」
道行く人々が声を描けてくれる。ライブペイントの醍醐味だ。
とても懐かしい感覚。





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3日目、快晴。現地で友人になった人が少しだけ観光に連れ出してくれた。








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このビストロのキャラクターである、メインのピエロは友人がモチーフ。
彼はいまシェフであり、ソムリエであり、漁師でもある。
ピエロが抱えているのがアカジンという高級魚だ。
こちらではクエに該当するらしいが、なにぶん実物を見たことがないから苦戦した。

「アカジンは思いきり不細工に描くといいよ」
「オレは素人だから口出しちゃ悪いけど、しっぽをシェイプするといいよ」
島の人たちが教えてくれる。

何度か描き直し、 最後に別の漁師さんが通ったとき
「こりゃアカジンミーバイだね」そう得意げに言ってくれた。
嬉しくて思わず「わかりますか?」と聞くと
「島の人間はみんな知っている魚だよ」と返してくれる。



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二日かけて壁画が完成。勝手口や店内にも幾つかの絵を描いた。
描き上げた作品をビール片手に友人と眺めながら、
「ああ、これがイラストレーションだな」と思った。
依頼者と共鳴し、それにどうアプローチするか考えて、
完成したものが明らかに人の役に立っているのがわかる。
とてもシンプルなイラストレーションの原理。

この絵がある事でこの店は更によくなったと確信が持てたし、
友人は心から嬉しそうだった。

雨で中を手伝っていたときは簡単な買い物しかできなかった。
皿洗いひとつ勝手が分からなかったし、もちろん料理も作れない。でも絵は描ける。
そして変な話だがこの絵を描けるのは、少なくてもこの島で自分しかいない。
友人の料理を創れるのがこの島で一人だけのように。

その謝礼は食事や酒に変化し、
それは文字通りこの身体の血肉となり、 新たな絵を描くための英気となる。
あるべき「表現の労働」がそこにあったような気がした。





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